ケーベルせんせいのこくべつ
ケーベル先生の告別

冒頭文

ケーベル先生は今日(きょう)(八月十二日)日本を去るはずになっている。しかし先生はもう二、三日まえから東京にはいないだろう。先生は虚儀虚礼をきらう念の強い人である。二十年前大学の招聘(しょうへい)に応じてドイツを立つ時にも、先生の気性を知っている友人は一人(ひとり)も停車場(ステーション)へ送りに来なかったという話である。先生は影のごとく静かに日本へ来て、また影のごとくこっそり日本を去る気らしい。

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 硝子戸の中
  • 角川文庫、角川書店
  • 1954(昭和29)年6月10日