ざこずふ
雑魚図譜

冒頭文

私は昨年の秋から少し静養の意味で、伊豆のI温泉に仮りの住居を定めることにした。今まで北国の生活ばかりしていた私達には、初めて見る南国の冬が色々珍しい経験を沢山齎(もたら)してくれた。高畑の蜜柑畠に日が映えて、雑木林が紫色に光るのも珍しかったし、冬の海に陽光が燦々と降っている景色も愉しかった。何だか周囲が天恵で満ち満ちているような気がして、半年を灰色の空の下で雪に埋れながら暮す人達の生活が遠い国のこ

文字遣い

新字新仮名

初出

「中央公論 第五十二年第三号」中央公論社、1937(昭和12)年3月1日

底本

  • 中谷宇吉郎集 第一巻
  • 岩波書店
  • 2000(平成12)年10月5日