いずこへ
いずこへ

冒頭文

私はそのころ耳を澄ますようにして生きていた。もっともそれは注意を集中しているという意味ではないので、あべこべに、考える気力というものがなくなったので、耳を澄ましていたのであった。 私は工場街のアパートに一人で住んでおり、そして、常に一人であったが、女が毎日通ってきた。そして私の身辺には、釜(かま)、鍋(なべ)、茶碗、箸(はし)、皿、それに味噌(みそ)の壺(つぼ)だのタワシだのと汚らしいものまで

文字遣い

新字新仮名

初出

「新小説 第一巻第七号」1946(昭和21)年10月1日

底本

  • 風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2008(平成20)年11月14日