ながうたのために
長唄のために

冒頭文

私どもの様に大阪の町の中に育つた者にとつては、江戸長唄は生れだちから縁が少かつた。上方では、旧幕時代から引き続いて、明治の中頃に到るまで、関東から来た芸謡は、すべて、長唄であらうと、清元であらうと、一中であらうと、新内であらうと、皆ひつくるめて、たゞ江戸唄と言つた。そしてどれも同じ様な三味線の節に、同じ様な歌ひぶりで歌つてゐた。だからその後、明治三十年代になつて、上京して初めてこちらで時折、長唄や

文字遣い

新字旧仮名

初出

「慶応義塾長唄研究会 第三十一回定期演奏会プログラム」1949(昭和24)年11月25日

底本

  • 折口信夫全集 21
  • 中央公論社
  • 1996(平成8)年11月10日