あかいて
赤い手

冒頭文

まだ真夜中にはなっていなかった。 が、豪奢なウッドワードのアパートに漲(みなぎ)る深々たる夜の静寂は、泥棒猫のようにこっそり忍び込んだスパイダー・マッコイの亢奮した神経を針のように尖らせた。ゴム底の靴は歩く度(たび)に高価な絨氈の中に深々と沈み、彼の熟練した眼には夜目にも素晴しい調度品が感じられた。室から室を忍び歩く足の感じと時折照す懐中電燈の光だけで、スパイダーは家(うち)の中の様子を

文字遣い

新字新仮名

初出

「探偵」1931(昭和6)年8月

底本

  • 国枝史郎探偵小説全集 全一巻
  • 作品社
  • 2005(平成17)年9月15日