しなのおもいで
支那の思出

冒頭文

私が支那へ行ったのは満洲事変の始まった年の、まだ始まらない頃であった。 上海、南京、蘇州、杭州、青島、旅順、大連、奉天と見て廻った。約一ヶ月を費した。 汽船は秩父丸であった。船がウースン河へ這入(はい)り、岸の楊柳が緑青のような色に萌え、サンパンだのジャンクだのが河の上をノンビリと通っている風景は美しかった。 デッキに立ってそういう風景を見ていると、同伴の妻が突然声を

文字遣い

新字新仮名

初出

「東方公論」1939(昭和14)年12月

底本

  • 国枝史郎歴史小説傑作選
  • 作品社
  • 2006(平成18)年3月30日