おみな
をみな

冒頭文

母。——異体(えたい)の知れぬその影がまた私を悩ましはじめる。 私はいつも言ひきる用意ができてゐるが、かりそめにも母を愛した覚えが、生れてこのかた一度だつてありはしない。ひとえに憎み通してきたのだ「あの女」を。母は「あの女」でしかなかつた。 九つくらゐの小さい小学生のころであつたが、突然私は出刃庖丁をふりあげて、家族のうち誰か一人殺すつもりで追ひまはしてゐた。原因はもう忘れてしまつ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「作品 第六巻第一二号」1935(昭和10)年12月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日