にげたいこころ
逃げたい心

冒頭文

一 蒲原(かんばら)氏は四十七歳になつてゐた。蒲原家は地方の豪農で、もとより金にこまる身分ではなかつたが、それにしても蒲原氏のやうに、四十七といふ年になるまで働いて金をもらつた例(ためし)がなく、事業や政治に顔を出した例(ためし)もなく、かういふ身分の人々にありがちな名誉職にたづさはつた例(ためし)もないといふ人は珍しいに相違なかつた。蒲原龍彦の名前は門札のほかに存在しないやうなものだつ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第一三年八号」1935(昭和10)年8月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日