そうぼうむ
蒼茫夢

冒頭文

一 冬の明方のことだつた。夜はまだ明けない。然し夜明けが近づかうとしてゐるのだ。夜の不気味な妖しさが衰へて、巨大な虚しい悲しさが闇の全てに漲りはじめてゐる。草吉はそのとき自然に目を覚した。 室内も窓の彼方も一色の深い暗闇ではあつたが、重量の加はりはじめた寒気と、胸苦しい悲しみの気配によつて、もはや夜明けに近いことを推定することができた。四時半前後であらうと思つた。 草

文字遣い

新字旧仮名

初出

「作品 第六巻第四号」1935(昭和10)年4月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日