わかれもたのし
訣れも愉し

冒頭文

私はあの頃の自分の心が良く分らない。色々のことを考へてゐた一聯の憂鬱な月日が遥かに思ひ出されるのであるが、どんなことを考へてゐたのやら、どんな気持でゐたのやら、それが失はれた夢の記憶を辿るやうでたよりないのだ。余り考へすぎたために其の考へが段々私自身から遠距(とおざ)かり、結局私はまるで私とは無関係な考へをあの頃思ひつめてゐたのだらう。私はあの頃よく街を歩いた。そして街毎の空気々々に別々の香気を感

文字遣い

新字旧仮名

初出

「若草 第一〇巻第六号」1934(昭和9)年6月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日