かんいんによす
姦淫に寄す

冒頭文

九段坂下の裏通りに汚い下宿屋があつた。冬の一夜、その二階の一室で一人の勤め人が自殺した。原因は色々あつたらうが、どれといつて取立てて言ふほどの原因もない、いはば自殺に適した生れつきの、生きてゐても仕様のない湿つぽい男の一人であつたらしい。第一、書置もなかつたのである。そんなあつさりした死に方が却つて人々を吃驚(びっくり)させたらしいが、その隣室に住んでゐて、死んだ隣人の顔さへ見知らずに暮してゐたと

文字遣い

新字旧仮名

初出

「行動 第二巻第五号」紀伊国屋出版部、1934(昭和9)年5月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日