やまのきふじん |
山の貴婦人 |
冒頭文
上州、信濃、越後、丁度三国の国境のあたりに客の希(まれ)な温泉がある。私の泊つた宿には、県知事閣下御腰懸けのイスといふのが大切に保存されてゐて、村の共同湯に出没する人々にはドブチンスキーやボブチンスキーの面影があつた。近い停車場へも十数里の距離(みちのり)があつて、東京の客なぞ登山の季節にも滅多に来ない。単調で奇も変もない山国の風趣が気にいつて、私は暫く泊ることにした。 ある日、宿の亭主
文字遣い
新字旧仮名
初出
「帝国大学新聞」1933(昭和8)年7月10日
底本
- 坂口安吾全集 01
- 筑摩書房
- 1999(平成11)年5月20日