しゅくめいのカンディード
宿命の CANDIDE

冒頭文

六七年前、菱山と机を並べて仏蘭西語を学んでゐた頃、彼は強度の神経衰弱のやうであつた。眼は濁り、鋭かつた。身体はいつもふらついてゐた。終日読み耽り、考へ耽り、書き疲れて、街頭へ出たものらしい。友達の顔さへ見れば暴風の激しさで語り、その全身の動きと共に論じだしたが、私達に殆んど一語を挿む時間さへ与へなかつた。話の大部はヴァレリイに初まり、ヴァレリイに終つた。 読書は愛好者(アマトウル)として

文字遣い

新字旧仮名

初出

「桜 第二号」中西書店、1933(昭和8)年7月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日