ふもと

冒頭文

1 「ごらんなさい。あの男ですよ」 村役場の楼上で老村長と対談中の鮫島校長は早口に叫んで荒涼とした高原を指さした。 なだらかに傾斜する見果てない衰微。白樺の葉は落ちて白い木肌のみ冷めたい高原の中を、朽葉を踏み、紆(めぐ)るやうに彷徨ふ人影が見えた。 「毎日ああして放課後の一二時間も枯枝のなかをぶら〳〵してゐるのですよ。椿といふ、あれが先刻お話した赤い疑ひのある訓導です。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「桜 五月創刊号~第二号」中西書店、1933(昭和8)年5月1日~7月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日