ちいさなへや
小さな部屋

冒頭文

「扨(さ)て一人の男が浜で死んだ。ところで同じ時刻には一人の男が街角を曲つてゐた」—— といふ、これに似通つた流行唄の文句があるのだが、韮山(にらやま)痴川は、白昼現にあの街角この街角を曲つてゐるに相違ない薄気味の悪い奴を時々考へてみると厭な気がした。自分も街角を曲る奴にならねばならんと思つた。 韮山痴川は一種のディレッタントであつた。顔も胴体ももくもく脹らんでゐて、一見土左衛門を

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第一一年二号」1933(昭和8)年2月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日