ピエール フイロゾファル
Pierre Philosophale

冒頭文

小心で、そして実直に働いて来た呂木が、急に彼の人生でぐずりはぢめたのは三十に近い頃であつた。少年のころ見覚えのある景色で、もう長いこと思ひ出さずにゐたのだが、一つの坦々とした平野を夜更けの壁にひろびろと眺めた。古い絵本と静かな物語を思ひ出した。その頃から、働くのが厭だといふのではないが、——いはば、何かしら、そして何かがつまらないと思つたりした。彼はときどき五分ばかり目を瞑つて、そして何も考へてゐ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文学 第三冊」厚生閣書店、1932(昭和7)年9月18日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日