せみ ――あるミザントロープのはなし――
蝉 ――あるミザントロープの話――

冒頭文

凡そ世に同じ人間は有り得ないゆえ、平凡な人間でもその種差に観点を置いて眺める時は、往々、自分は異常な人格を具へた麒麟児であると思ひ込んだりするものである。殊に異常を偏重しがちな芸術の領域では、多少の趣味多少の魅力に眩惑されてウカウカと深入りするうちに、遂には性格上の種差を過信して、自分は一個の鬼才であると牢固たる診断を下してしまふことが多い。夢は覚めない方が(勿論——)いい。分別は、いやらしいもの

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第一〇年第二号」1932(昭和7)年2月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日