うみのきり
海の霧

冒頭文

1 波の上に夜が落ちる。海に沿ふた甃(いし)の路に靄の深い街燈の薄明り、夜の暗色と一緒に、噎(むせ)つぽい磯の匂ひが、急にモヤモヤした液体のやうに、灯のある周囲(まわり)に浮きながら流れはじめる。ときどき、外国の船員(マドロス)が、影と言葉を置き去りにして、闇の中へ沈没しながら紛れてしまふ。 黄昏が下りると、僕はこの路で、自分でも良くは知らない何か思案を反芻しながら、一日に一ぺ

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文藝春秋 第九年第九号」1931(昭和6)年9月1日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日