くろたにむら
黒谷村

冒頭文

矢車凡太が黒谷村を訪れたのは、蜂谷龍然に特殊な友情や、また特別な興味を懐いてゐたためでは無論ない。まして、黒谷村自体に就ては、その出発に先立つて、已に絶望に近いものを感じてゐたのだが、それでも東京に留まるよりはましであると計算して、厭々ながら長い夜汽車に揺られて来たのだ。 夏が来て、あのうらうらと浮く綿のやうな雲を見ると、山岳へ浸らずにはゐられない放浪癖を、凡太は所有してゐた。あの白い雲

文字遣い

新字旧仮名

初出

「青い馬 第三号」岩波書店、1931(昭和6)年7月3日

底本

  • 坂口安吾全集 01
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年5月20日