げいどうちにおつ
芸道地に堕つ

冒頭文

近頃は劇も映画も一夜づくりの安物ばかりで、さながら文化は夜の街の暗さと共に明治時代へ逆戻りだ。蚊取線香は蚊が落ちぬ。きかない売薬。火のつかぬマッチ。然(しか)し、之(これ)は商人のやること。芸は違う。芸人にはカタギがあって、権門富貴も屈する能(あた)わず、芸道一途(いちず)の良心に生きるが故(ゆえ)に、芸をも自らをも高くした。芸は蚊取線香と違う。 けれども昨今の日本文化は全く蚊の落ちない

文字遣い

新字新仮名

初出

「東京新聞 第七百五十九号」1944(昭和19)年11月1日

底本

  • 堕落論
  • 新潮社
  • 2000(平成12)年6月1日