ししゃのしょ
死者の書

冒頭文

一 彼(カ)の人の眠りは、徐(シヅ)かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて来るのを、覚えたのである。 した した した。耳に伝ふやうに来るのは、水の垂れる音か。たゞ凍りつくやうな暗闇の中で、おのづと睫(マツゲ)と睫とが離れて来る。 膝(ヒザ)が、肱(ヒヂ)が、徐(オモム)ろに埋れてゐた感覚をとり戻して来るらしく、彼(カ)の人(ヒト)の頭に響い

文字遣い

新字旧仮名

初出

「日本評論 第十四巻第一号~三号」1939(昭和14)年1月~3月

底本

  • 死者の書
  • 中公文庫、中央公論社
  • 1974(昭和49)年5月10日