しとかげ |
死と影 |
冒頭文
私がそれを意志したわけではなかったのに、私はいつか淪落のたゞなかに住みついていた。たかが一人の女に、と、苦笑しながら。なぜ、生きているのか、私にも、分らなかった。 私が矢田津世子と別れたことを、遠く離れて、嗅ぎつけた女があった。半年前に別れた「いづこへ」の女が、良人(おっと)とも正式に別れて、田舎の実家へ戻っていたが、友人や新聞雑誌社へ手を廻して、常に私の動勢を嗅ぎ分けていたのであった。
文字遣い
新字新仮名
初出
「文学界 第二巻第九号」1948(昭和23)年9月1日
底本
- 坂口安吾全集 07
- 筑摩書房
- 1998(平成10)年8月20日