かんざん
閑山

冒頭文

昔、越後之国魚沼の僻地に、閑山寺の六袋和尚といつて近隣に徳望高い老僧があつた。 初冬の深更のこと、雪明りを愛(め)づるまま写経に時を忘れてゐると、窓外から毛の生えた手を差しのべて顔をなでるものがあつた。和尚は朱筆に持ちかへて、その掌に花の字を書きつけ、あとは余念もなく再び写経に没頭した。 明方ちかく、窓外から、頻りに泣き叫ぶ声が起つた。やがて先ほどの手を再び差しのべる者があり、

文字遣い

新字旧仮名

初出

「文体 第一巻第二号」1938(昭和13)年12月1日

底本

  • 坂口安吾全集 02
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年4月20日