にぎったて
握った手

冒頭文

松夫はちかごろ考えすぎるようであった。大学を卒業して就職できたら綾子と結婚しようと考える。以前はそうではなかった。かりそめの遊びの気持であったが、だんだんそうではなくなって、必ず結婚しなければ、と考えるようになった。 彼が考えすぎるにはワケがあった。松夫と綾子との出会いは甚だしく俗悪で詩趣に欠けているのである。ある映画館であった。隣席の娘が愛くるしいので松夫は心が動いた。映画のラヴシーン

文字遣い

新字新仮名

初出

「別冊小説新潮 第八巻第六号」1954(昭和29)年4月15日

底本

  • 坂口安吾全集 14
  • 筑摩書房
  • 1999(平成11)年6月20日