ははのじょうきょう |
母の上京 |
冒頭文
母親の執念はすさまじいものだと夏川は思つた。敗戦のどさくさ以来、夏川はわざと故郷との音信を断つてゐる。故郷の知り人に会ふこともなく、親しい人にも今の住所はなるべく明さぬやうにしてゐるのだが、どういふ風の便りを嗅ぎわけて、母がたうとう自分の住居を突きとめたのだか、母の一念を考へて、ゾッとするほどの気持であつた。 夏川が都電を降りると、ヒロシが近づいてきて、ナアさん、お帰りなさいまし、と言ふ
文字遣い
新字新仮名
初出
「人間 第二巻第一号」1947(昭和22)年1月1日
底本
- 坂口安吾全集 04
- 筑摩書房
- 1998(平成10)年5月22日