いずこへ
いづこへ

冒頭文

私はそのころ耳を澄ますやうにして生きてゐた。もつともそれは注意を集中してゐるといふ意味ではないので、あべこべに、考へる気力といふものがなくなつたので、耳を澄ましてゐたのであつた。 私は工場街のアパートに一人で住んでをり、そして、常に一人であつたが、女が毎日通つてきた。そして私の身辺には、釜、鍋、茶碗、箸、皿、それに味噌の壺だのタワシだのと汚らしいものまで住みはじめた。 「僕は釜だの

文字遣い

新字旧仮名

初出

「新小説 第一巻第七号」1946(昭和21)年10月1日

底本

  • 坂口安吾全集 04
  • 筑摩書房
  • 1998(平成10)年5月22日