さんじゅっさい
三十歳

冒頭文

冬であった。あるいは、冬になろうとするころであった。私の三十歳の十一月末か十二月の始めごろ。 あのころのことは、殆ど記憶に残っていない。二十七歳の追憶のところで書いておいたが、私はこのことに就ては、忘れようと努力した長い年月があったのである。そして、その努力がもはや不要になったのは、あの人の訃報が訪れた時であった。私は始めてあの人のこと、あのころのことを思いだしてみようとしたが、その時は

文字遣い

新字新仮名

初出

「文学界 第二巻第五号」1948(昭和23)年5月1日

底本

  • 坂口安吾全集 06
  • 筑摩書房
  • 1998(平成10)年5月22日