いこん
遺恨

冒頭文

梅木先生は六十円のオツリをつかんで中華料理店をとび出した。支那ソバを二つ食ったのである。うまかったような気がする。然し、味覚の問題ではない。先生は自殺したくなっていた。インフレ時代に物を食うということが、こんなミジメなものだとは。お金をだしながら乞食の自覚を与えられたのであった。 梅木先生は裏口営業とはどんなものか知らなかった。終戦以来、料理店の門をくゞるのは、はじめてゞあった。

文字遣い

新字新仮名

初出

「娯楽世界 第二巻第五号」銀五書房、1948(昭和23)年5月1日

底本

  • 坂口安吾全集 06
  • 筑摩書房
  • 1998(平成10)年5月22日