ことのそらね
琴のそら音

冒頭文

「珍らしいね、久しく来なかったじゃないか」と津田君が出過ぎた洋灯(ランプ)の穂を細めながら尋ねた。 津田君がこう云(い)った時、余(よ)ははち切れて膝頭(ひざがしら)の出そうなズボンの上で、相馬焼(そうまやき)の茶碗(ちゃわん)の糸底(いとそこ)を三本指でぐるぐる廻しながら考えた。なるほど珍らしいに相違ない、この正月に顔を合せたぎり、花盛りの今日(きょう)まで津田君の下宿を訪問した事はない。

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 夏目漱石全集2
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年10月27日