はんしちとりものちょう 20 むこうじまのりょう
半七捕物帳 20 向島の寮

冒頭文

一 慶応二年の夏は不順の陽気で、綿ぬきという四月にも綿衣(わたいれ)をかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨(さみだれ)の降り残りが此の月にまでこぼれ出して、煙(けむ)のような細雨(こさめ)が毎日しとしとと降りつづいた。うすら寒い日も毎日つづいた。半七もすこし風邪をひいたようで、重い顳顬(こめかみ)をおさえながら長火鉢のまえに欝陶(うっとう)しそうに坐って

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 時代推理小説 半七捕物帳(二)
  • 光文社時代小説文庫、光文社
  • 1986(昭和61)年3月20日