序の章 一 「岸本君——僕は僕の近来の生活と思想の断片を君に書いて送ろうと思う。然(しか)し実を言えば何も書く材料は無いのである。黙していて済むことである。君と僕との交誼(まじわり)が深ければ深いほど、黙していた方が順当なのであろう。旧(ふる)い家を去って新しい家に移った僕は懶惰(らんだ)に費す日の多くなったのをよろこぶぐらいなものである。僕には働くということが出来な