どんぐり
どんぐり

冒頭文

もう何年前になるか思い出せぬが日は覚えている。暮れもおし詰まった二十六日の晩、妻は下女を連れて下谷摩利支天(したやまりしてん)の縁日へ出かけた。十時過ぎに帰って来て、袂(たもと)からおみやげの金鍔(きんつば)と焼き栗(ぐり)を出して余のノートを読んでいる机のすみへそっとのせて、便所へはいったがやがて出て来て青い顔をして机のそばへすわると同時に急に咳(せき)をして血を吐いた。驚いたのは当人ばかりでは

文字遣い

新字新仮名

初出

「ホトトギス」1905(明治38)年4月

底本

  • 寺田寅彦随筆集 第一巻
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 1947(昭和22)年2月5日、1963(昭和38)年10月16日第28刷改版