ゆうれいのじひつ
幽霊の自筆

冒頭文

一ぱい張った二十三反帆に北東の風を受けて船は西へ西へ走っていた。初夏の曇った晩であった。暗いたらたらとした海の上には風波の波頭が船の左右にあたって、海蛇のように幾条かの銀鼠の光を走らした。 艫の舵柄の傍では、年老った船頭が一杯機嫌で胡座(あぐら)をかき、大きな煙管(キセル)で煙草を喫(の)みながら舵柄を見て、二人の壮(わか)い舵手(かこ)に冗談口を利いていた。煙草の火の光が暗い中に螢火の

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 日本の怪談
  • 河出文庫、河出書房新社
  • 1985(昭和60)年12月4日