延宝二年の話である。土佐藩の徒目付(かちめつけ)横山源兵衛の許へ某(ある)日精悍な顔つきをした壮(わか)い男が来た。取次の知らせによって横山が出ると、壮い男はこんなことを云った。 「私は浜田六之丞の弟の吉平と申す者でございますが、兄六之丞が重い罪科を犯して、死罪を仰せつけられ、誠に恐れ入った次第でございます、私は浪人をして紀州で弓術を修業しておりましたところで、この比(ごろ)兄が御成敗になっ