私も中村も給料が十円ずつ上がった。 私は私のかぶり古した山高帽子を中村に十円で譲って、そしてそれに十五円足して、シルクハットを買った。 青年時代に一度、シルクハットをかぶってみたい——と、私は永いことそう思っていた。シルクハットのもつ贅沢な気品を、自分の頭の上に載せて見たくてたまらなかった。 私は天鵞絨(びろうど)の小さなクッションで幾度もシルクハットのけばを撫でた。