せそう
世相

冒頭文

一 凍てついた夜の底を白い風が白く走り、雨戸を敲くのは寒さの音である。厠に立つと、窓硝子に庭の木の枝の影が激しく揺れ、師走の風であった。 そんな風の中を時代遅れの防空頭巾を被って訪れて来た客も、頭巾を脱げば師走の顔であった。青白い浮腫(むくみ)がむくみ、黝(あおぐろ)い隈(くま)が周囲(まわり)に目立つ充血した眼を不安そうにしょぼつかせて、「ちょっと現下の世相を……」語りに来た

文字遣い

新字新仮名

初出

「人間」1946(昭和21)年4月号

底本

  • 定本織田作之助全集 第五巻
  • 文泉堂出版
  • 1976(昭和51)年4月25日