くりのはなのさくころ
栗の花の咲くころ

冒頭文

一 暗欝(あんうつ)な空が低く垂れていて家の中はどことなく薄暗かった。父親の嘉三郎(かさぶろう)は鏡と剃刀(かみそり)とをもって縁側(えんがわ)へ出て行った。併し、縁側にも、暗い空の影が動いていて、植え込みの緑が板敷(いたじき)の上一面に溶けているのであった。 「それでも幾らか縁側の方がよさそうだで。」 嘉三郎はそう呟くように言いながら、板敷へ直(じ)かに尻を据(す)えて、すぐ頬

文字遣い

新字新仮名

初出

底本

  • 佐左木俊郎選集
  • 英宝社
  • 1984(昭和59)年4月14日