かれ

冒頭文

一 僕はふと旧友だった彼のことを思い出した。彼の名前などは言わずとも好(い)い。彼は叔父(おじ)さんの家を出てから、本郷(ほんごう)のある印刷屋の二階の六畳に間借(まが)りをしていた。階下の輪転機(りんてんき)のまわり出す度にちょうど小蒸汽(こじょうき)の船室のようにがたがた身震(みぶる)いをする二階である。まだ一高(いちこう)の生徒だった僕は寄宿舎の晩飯をすませた後(のち)、度たびこの二階

文字遣い

新字新仮名

初出

「女性」1927(昭和2)年1月

底本

  • 芥川龍之介全集6
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年3月24日