かげ

冒頭文

横浜(よこはま)。 日華洋行(にっかようこう)の主人陳彩(ちんさい)は、机に背広の両肘(りょうひじ)を凭(もた)せて、火の消えた葉巻(はまき)を啣(くわ)えたまま、今日も堆(うずたか)い商用書類に、繁忙な眼を曝(さら)していた。 更紗(さらさ)の窓掛けを垂れた部屋の内には、不相変(あいかわらず)残暑の寂寞(せきばく)が、息苦しいくらい支配していた。その寂寞を破るものは、ニスの匀

文字遣い

新字新仮名

初出

「改造」1920(大正9)年9月

底本

  • 芥川龍之介全集4
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1987(昭和62)年1月27日