なんとうたん 01 こうふく
南島譚 01 幸福

冒頭文

昔、此(こ)の島に一人の極めて哀れな男がいた。年齢(とし)を数えるという不自然な習慣が此の辺には無いので、幾歳(いくつ)ということはハッキリ言えないが、余り若くないことだけは確かであった。髪の毛が余り縮れてもおらず、鼻の頭がすっかり潰(つぶ)れてもおらぬので、此の男の醜貌(しゅうぼう)は衆人の顰笑(ひんしょう)の的(まと)となっていた。おまけに脣(くちびる)が薄く、顔色にも見事な黒檀(こくたん)の

文字遣い

新字新仮名

初出

「南島譚」問題社、1942(昭和17)年11月

底本

  • 中島敦全集2
  • ちくま文庫、筑摩書房
  • 1993(平成5)年3月24日