あるよる |
| 或夜 |
冒頭文
季子(すえこ)は省線市川駅の待合所に入って腰掛に腰をかけた。しかし東京へも、どこへも、行こうという訳(わけ)ではない。公園のベンチや路傍の石にでも腰をかけるのと同じように、ただぼんやりと、しばらくの間腰をかけていようというのである。 改札口の高い壁の上に装置してある時計には故障と書いた貼紙がしてあるので、時間はわからないが、出入の人の混雑も日の暮ほど烈しくはないので、夜もかれこれ八時前後にはな
文字遣い
新字新仮名
初出
「勲章」扶桑書房、1947(昭和22)年5月10日
底本
- 問はずがたり・吾妻橋 他十六篇
- 岩波文庫、岩波書店
- 2019(令和元)年8月20日