ひろしまのぼっか
広島の牧歌

冒頭文

鶴見橋といふ名前があるからには、比治山に鶴が舞っていたのだらう。私の亡父はその舞っている鶴を見たことがあるといふ。 比治山の鶴が飛んだ ビンロイ と、箸ですくった茶碗の御飯を幼児の口にあてがってやる、おどけた習慣は今も広島の女に残っていることだらうか。比治山には要塞があった。大砲が松の間に隠されて、海の方を覘ってゐた。県師の附小生だった私は、学校の帰りによくこの山に登ったものだ。 戦争末期

文字遣い

新字旧仮名

初出

「中国新聞」中国新聞社、1950(昭和25)年12月7日

底本

  • 三田文學 第九十四巻 第一二二号 夏季号
  • 三田文学会
  • 2015(平成27)年8月1日