かげ |
| 翳 |
冒頭文
Ⅰ 私が魯迅の「孤独者」を読んだのは、一九三六年の夏のことであったが、あのなかの葬いの場面が不思議に心を離れなかった。不思議だといえば、あの本——岩波文庫の魯迅選集——に掲載してある作者の肖像が、まだ強く心に蟠(わだかま)るのであった。何ともいい知れぬ暗黒を予想さす年ではあったが、どこからともなく惻々として心に迫るものがあった。その夏がほぼ終ろうとする頃、残暑の火照りが漸く降りはじめた雨でかき消
文字遣い
新字新仮名
初出
「明日」公友社、1948(昭和23)年11月
底本
- 原民喜戦後全小説
- 講談社文芸文庫、講談社
- 2015(平成27)年6月10日