だいどうじしんすけのはんせいばつ
「大導寺信輔の半生」跋

冒頭文

芥川が死んでから、はやくも二年半近くになる。彼の死因は、彼の肉體及び精神を襲つた神經衰弱に半以上を歸せしめることが出來るだらうが、その殘つた半近きものは、彼が人生及び藝術に對して、あまりに良心的でありあまりに神經過敏であつたためであるやうに思はれる。彼のあまりに鋭すぎた神經は、實生活の煩はしさのために、いよ〳〵鋭くなり遂に齒こぼれのした細い劍のやうになつてしまつたのだらう。 しかし、彼が世を去

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「大導寺信輔の半生」1930(昭和5)年1月17日

底本

  • 大導寺信輔の半生
  • 岩波書店
  • 1930(昭和5)年01月17日