わすれがたみ
忘れがたみ

冒頭文

飛行機雲 大学病院の方へ行く坂を登りながら、秋空に引かれた白い線に似た雲を見ていた。こんな面白い雲があるのかと、はじめて見る奇妙な雲について私は早速帰ったら妻に話すつもりで……しかし、その妻はもう家にも病院にも居なかった。去年のこの頃、よくこの坂を登りながら入院中の妻に逢いに行った。その頃と変って今では病院の壁も黒く迷彩が施されてはいるが、その方へ行くとやはり懐しいものが残っていそうで……しかし

文字遣い

新字新仮名

初出

「三田文学」能楽社、1946(昭和21)年3月

底本

  • 原民喜戦後全小説
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2015(平成27)年6月10日