われもこう
吾亦紅

冒頭文

マル マルが私の家に居ついたのは、昭和十一年のはじめであった。死にそうな、犬が庭に迷い込んで来たから追出して下さいと妻はある寒い晩云った。死にはすまいと私はそのままにしておいた。犬は二三日枯芝の日だまりに身をすくめ人の顔をみると脅えた目つきをしていたが、そのうちに元気になった。鼻や尻尾に白いところを残し、全体が褐色の毛並をしている、この雌犬は人の顔色をうかがうことに敏感であった。 その春、私

文字遣い

新字新仮名

初出

「高原 第三輯」鳳文書林、1947(昭和22)年3月15日

底本

  • 原民喜戦後全小説
  • 講談社文芸文庫、講談社
  • 2015(平成27)年6月10日