はるさめのよる
春雨の夜

冒頭文

雨戸がしまったので午後から降出した雨の音は殆ど聞えなくなった。 女中の知らせに老夫婦は八畳の茶の間へ来て、膳の前に置かれた座布団に坐ると二人ともに言合したように身のまわりを見廻した。 昨日まで——昨日の夕飯の時までこの八畳の茶の間にはもう一脚膳が出されてあったのだ。然し今夜はもうその膳は出されていない。寅雄(とらお)という一番末の男の子は今朝米国へ留学に行った。 去年の秋三番目の女の清

文字遣い

新字新仮名

初出

「明星 第一卷第七號」1922(大正11)年5月1日

底本

  • 麻布襍記 ――附・自選荷風百句
  • 中公文庫、中央公論新社
  • 2018(平成30)年7月25日