あるじこく
ある時刻

冒頭文

昼 わたしは熱があつて睡つてゐた。庭にザアザアと雨が降つてゐる真昼。しきりに虚しいものが私の中をくぐり抜け、いくらくぐり抜けても、それはわたしの体を追つて来た。かすかな悶えのなかに何とも知れぬ安らかさがあつた。雨の降つてゐる庭がそのまゝ私の魂となつてゐるやうな、ふしぎな時であつた。私はうつうつと祈つてゐるのだつた。 夕 わたしはあそこの空に見とれてゐる。今の今、簷近くの空が不思議と美しい。

文字遣い

新字旧仮名

初出

「三田文学」三田文学会、1946(昭和21)年10・11月合併号

底本

  • 原民喜全詩集
  • 岩波文庫、岩波書店
  • 2015(平成27)年7月16日