にっこうさんのおく |
| 日光山の奥 |
冒頭文
一 囘顧すれば曾遊二三年前、白衣の行者に交りて、海面を拔く事八千二百餘尺、清容富嶽に迫り威歩關東を壓したる日光男體山の絶巓に登りし時、東北の方、萬山相集りたる深谷に、清光鏡の如く澄影玻璃の如くなる一湖水を認め指點して傍人に問へば、そは栗山澤の奧、鬼怒(きぬ)の水源なる絹沼といへる湖水なりと聞きて、そゞろに神往き魂(たま)飛ぶに堪へざりしが、其の後日光山志を繙き、栗山郷を記するの條に至り、此地窮谷
文字遣い
旧字旧仮名
初出
一「太陽 第二卷第一號」博文館、1896(明治29)年1月5日<br>二「太陽 第二卷第二號」博文館、1896(明治29)年1月20日<br>三、四、五「太陽 第二卷第三號」博文館、1896(明治29)年2月5日
底本
- 〈復刻版〉尾瀬と檜枝岐
- 木耳社
- 1978(昭和53)年11月15日