かなしいしんじゅく
悲しい新宿

冒頭文

世田谷へ移つてから、新宿へ出る機會が多くなつた。新宿を初めて見た時、田圃の中に建設された、一夜作りの大都會を見るやうな氣がした。周圍は眞闇の田舍道で、田圃の中に蛙が鳴いてる。そんな荒寥とした曠野の中に、五階七階のビルヂングがそびえ立つて、悲しい田舍の花火のやうに、赤や青やのネオンサインが點つて居る。さうして眞黒の群衆が、何十萬とも數知れずに押し合ひながら、お玉杓子のやうに行列して居る。悲しい市街の

文字遣い

旧字旧仮名

初出

「國民新聞」1934(昭和9)年12月11日

底本

  • 萩原朔太郎全集 第九卷
  • 筑摩書房
  • 1976(昭和51)年5月25日